「母ちゃん、プラネタリウム行きたい。ねえ、いつ行ける?」
先週、図書館でポスターを見つけた息子が
ぽつりと言っていた言葉だ。
そして迎えた休日の朝。
「今日はプラネタリウム行こうか」と声をかけたら、
「行かない。」
ああ、出た。
“天邪鬼スイッチ”オン。
行きたくないわけじゃない。
ただ、「自分で言い出したい」だけ。
こだわり男子のデフォルト設定である。
わかってる、わかってる。
今はマックでもらったアニアが楽しすぎて、
朝はまず“アニアで遊びたい時期”に突入していることも。
でも——
それでも 朝イチで否定されると、母のメンタルはわりと削られる。
そこで私は、軽く言い方の練習を入れてみた。
「否定から入られるとね、
母ちゃんは『じゃあ行かなくていいんだね』って思っちゃうんよ?」
「もし他にもやりたいことがあるなら、
『行きたい。でもアニアでも遊びたいんだけど、どうしたらいい?』
って言ってみよ。そうしたら両方できるか考えられるから。」
だって、どうせ夕方になって行きたがる。
「やっぱり行きたい」
と言われても、プラネタリウムは終わってしまう。
“行きたいのか行きたくないのか”を
自分でも言葉にしてほしくて、
少しだけ練習タイム。
“ごめんなさい”は、実は息子はかなり早いうちから言えていた。
ただ、それは どうしたらいいかわからなくて出てくる “ごめんなさい” でもあった。
でも今の5歳の息子は、
ごめんなさいと言ったあとに、
ちゃんと私の話を最後まで聞こうとしてくれる。
それだけでも成長なんだよな……と、ふと思う。
そんなやり取りの末、
なんとか息子を “行くモード” に持っていき、ようやく出発した。
✦ プラネタリウムでは、こだわりと感覚が大渋滞

暗くて静かな館内。
キレイな星空。
周りの子はみんなワクワク。
今回のプラネタリウムは、
いまの季節の星空の紹介と、ちょっとしたクレイアニメの二本立て。
息子もプラネタリウムはこれで4回目。
暗さや雰囲気にも慣れているし、
今日はきっと落ち着いて見られるだろう——
と、おもいきや。
息子はというと——
「ねぇ、もう終わる?」
「あとどれくらい?」
「まだ?」
「抱っこしていい?」
……5分ごとに小声で実況。
視覚・音・暗さ・終わりの見えなさ——
どうやらこういう環境は、こだわり男子の“キャパ”をじわじわ持っていくようで。
正直、上映後に「つまんなかった〜」と言われたら
わたしの神経がまたプチンと音を立ててしまいそう。
なので、プラネタリウムが終わった直後、
わたしは先手を打ってみた。
「雪がちらちら降ってきたシーン、母ちゃん寒くなっちゃったよ〜」
すると息子は、間髪入れずに
「オレは寒くないよ!……でも寒くなっちゃった!」
いや寒いのかい。
でも、この“変な返し”がなんだか可愛くて、
少しだけ救われた。
✦ そして猫カフェへ。30分だけのはずが…

プラネタリウムを終えたあと、
ふいに
「猫カフェ行きたいなあ」
と息子。
それまでにいろいろ遊んだし、
猫カフェの料金はそれなりにするので、
「30分だけね?餌は1個だけだよ?」
と約束して向かった。
カプセルを渡すと、
息子は猫たちを観察しながら、
一粒ずつスプーンにのせたり、床に置いてみたりして、
なんとか1個でやりくりしようとしていた。
なんていうかもう……“誠実”。笑
こだわりと優しさのバランスが独特。
30分が近づいた頃、最後の1粒を前にして息子は悩みに悩み、
「母ちゃん……最後の1個、どの猫にあげるべきか決められない。
かわいそうで……」
約束は1個だけ。
でも、その“小さなやさしさ”を無視するのは違う気がした。
「時間ないけれど、早くあげれば間に合うよ」と言うと、
息子は急いで最後の1粒をそっと猫に置いた。
「よかったね〜」と声をかけ、
会計を済ませて外に出た、その瞬間。
「つまんない。」
……はい、きました。
母、今日3度目の心の折れる音。
頭ではちゃんとわかっている。
“つまんない”は、
本当は“終わるのが悲しい”の裏返し。
評価でも否定でもなくて、
気持ちの整理が追いつかないだけだって。
それでも——
わかっていても、刺さるものは刺さる。
そして私はこういうところを逃さない母である。
「……あのね?」
と言いかけると、
息子はすぐに反射的に、
「あ、ごめんなさい。間違えました。」
と言ってくる。
その“ごめんなさい”が、
まだ気持ちをごまかすための“ごめんなさい”だと
わかっているからこそ、
私は少しだけ言葉を添える。
「うん、そうね。
そこは楽しかったけど、終わっちゃうのがつまらない、
って言葉にしてくれると嬉しいな。」
わたしのキャパはとても狭い。
強くて優しい母でもない。
それでも、息子にはゆっくりでいいから
“自分の気持ちを伝える言葉”を覚えていってほしい。
その願いだけは、
折れそうになった日でも手放せない。
✦ 夜、絵本を読んで寝る時間だけは変わらない

我が家は寝る前に絵本を何冊か読むのがルーチン。
でもこの夜ばかりは、親のほうがぐったりで、布団に沈み込みそうだった。
そこへ息子がやってくる。
コツメカワウソのアニアを抱いて、枕に寝かせ
重たい図鑑をよっこらしょと持ってくる。
寝る前の本が“図鑑”というのもなかなか独特だけど、
それがまた彼らしい。
「コツメカワウソじゃろ?」と図鑑を開こうとすると、
「なんでわかるの?」
と、本気で驚く。その素直さが可愛くて笑ってしまう。
まだ索引を読むのが苦手な息子に、
「『コ』のページを見て、
それから二つ目の文字もあいうえお順に探したら出てくるよ」
と教えてあげると、
「なあんだ、そうやるのか」と妙に素直。
本当に調べ方がわかっていなかったんだと知って、
子育てって、こういう“細かいところ”を一つずつ教えるものなんだな、と実感する。
図鑑のコツメカワウソのページは小さめで、
体の大きさや、12頭くらいの家族で暮らしていること、
指先が器用なことが書いてあるくらい。
でも、その周りにはいろんなイタチ科の仲間が載っていて、
息子は「ラッコもイタチの仲間なんだね」と
別のページにも興味を向け始める。
息子くらいのサイズ感のラッコ。ラッコの体長は76~120cmとある。
「プールで背泳ぎしてる◯◯(息子の名前)みたいだね」
と言うと、
「え〜」と嬉しそうに笑う。
「コツメカワウソはこの腕の長さくらいよ」と言うと、
自分の腕をのばして「こんくらいか〜」と笑う。
こういう瞬間が、なんとも言えず愛しい。
そのページの赤い文字——“絶滅危惧種”。
息子が指をさして聞いてくる。
「これなに?」
できるだけやさしく話す。
「人間たちがね、山や海にゴミを捨てたりすると、
環境がこわれちゃうの。“破壊”ってわかる?」
「うん。葉っぱが茶色くなっちゃうんだよね」
(葉っぱ……まあ、そういうこともあるか)
「木が枯れて、実がならなくなって、
動物たちの食べ物が減ってしまうの。
海もね、ゴミのせいでお魚が死んじゃうことがある。
絶滅危惧種は特に弱くて、
環境が変わると数がどんどん減っちゃうんよ」
息子はじっと耳をすましている。
小さな顔に、少し緊張したような影が浮かぶ。
「どうしたらいいと思う?」
と聞いた瞬間、
息子の表情が“ドキドキしている顔”になる。
答えが喉の奥から出てこなくて、
でも一生懸命考えているのが伝わってくる。
そこで私は、ほんの少しヒントを添えた。
「ゴミを海で捨てない、とかね」
と言った途端、
息子はパッと顔を明るくして、
“それ知ってたよ!”と言わんばかりに、
「あのね、海にゴミを捨てない!」
と得意げに答える。
その誇らしげな声と、
ちょっと胸を張った姿が、なんとも可笑しい。
「そうだね。ちゃんと持ち帰って、分別するんだよね」
静かな寝室で、
枕元のルッタ(アニアの青いコツメカワウソ)だけが
じっとこちらを見ている。
——なんて夜だ。
怒って、疲れて、
もう話したくないと思った夜なのに。
最後の最後に、
こんなふうに“世界の話”までしてしまっている母ちゃんと、
図鑑を抱えてうなずく5歳の息子。
親子って、本当にこういう日があるからやめられない。




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